今日Facebookのタイムラインに流れてきたこの動画。


 


イッテQで、出川哲郎さんがサンフランシスコへ行って「はじめてのおつかい」的なミッションをこなしていくんだけど、ほとんど英語が話せないのに、どんどんミッションをこなしていくの。


もうめちゃくちゃおもしろいんだけど、わたしが伝えたいのはそっちじゃなくて、出川さんの『魂 』のすごさ。魂で伝えるから、めちゃくちゃな英語でも言いたいことが伝わる。


出川さんに同行してる、英語が話せる女の子のタレントが道行く人に話しかけても立ち止まってもらえないのに、英語が話せない出川さんの話はみんな立ち止まってちゃんと聞いてくれる。一生懸命聞いてくれる。

これだよな〜って思った。「できるできない」なんて関係ない。「伝えようとする気持ち」なんだよなあ。



あと、出川さんには「迷い」がない。

「話しかけたら迷惑かな」
「怒られたらどうしよう」
「笑われたらどうしよう」
「変な奴って思われないかな」

そういう「迷い」が一切ないの。もう、「そこに人がいるから聞く」「教えてもらいたいから話しかけ得る」。それだけ。


これ観ちゃったら、なんかもう英語の勉強するのがバカらしく思えてくる。


わたしが英語を勉強しているのって、もちろん海外の人と英語でコミュニケーションが取りたいっていう大前提があるけど、「変な英語で笑われたくない」「喋れないのをバカにされたくない」みたいな思いもどっかにあって。自分を守るための武器として、勉強している、っていう面もあるんだよね。


でもわたしみたいな人って、実際に外国人を前にすると、恥ずかしがったり勇気が出なかったりして、なかなか喋れなかったりする。それは言語力どうこうじゃなくて、気持ち的な面で。日本人のほとんどはこういう感じなんじゃないかな。



留学していたとき、英語力が全然なくて、相手の言っていることの半分も理解できない、でも話すことを恐れずに言いたいことを伝えてた子が、どんどん友達をつくってた。そのときも、「ああ、英語が話せるか話せないかなんて、問題じゃないんだ」ってすごく思ったのを覚えている。



コミュニケーションは、「言語」じゃなくて「気持ち」。アメリカ行く前にこれ観れてよかったー。向こう行って言語の壁に落ち込んだときはまた観ようっと。




庄悟くんシェアありがと! 
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1年前のちょうど今ごろ、世界を旅する準備をしていた。「仕事を辞めて世界へ飛び出す」っていうのがわたしにとってはものすごい挑戦で、「世界一周したい!半年や1年くらい行こう!」と思って準備をしていた。


(だけど実際行ってみたら、もう本当にしんどくて。めっちゃ楽しいんだけど、めっちゃしんどい。毎日がジェットコースターみたい。あまり体力がなく、どちらかというと引きこもりのわたしには刺激が多すぎて、40日くらいで「もう無理」ってなった)





あれから1年経った今思うのは、仕事を辞めることや、世界を旅することを、なんかすごく重く捉えすぎていたな、ということ。沢木耕太郎さんの「深夜特急」をはじめ、いろんな旅の本を読んで、「わたしも旅立つぞ!」と意気込んでみたりしてたっけ。


でも今の時代、世界へ出るのなんてすごく簡単なことだし、気張って「旅に出るぞ!」なんて思う必要ないよなあ。


仕事を辞めるのも、当時のわたしはすごく大きなことだったけど、今考えるとぜーんぜん。「今日は雨だから遊びに行くのやめよっか」くらいの気持ちで「辞めたくなったから辞めよっか」くらいでちょうどいいような気がする。



わたしも昔は「一度しかない人生を精一杯生きよう!」みたいに思っていた側の人間だから、そういう気持ちもわからなくはないけど、今は「80年生きるとしたらあと50年以上あるよね。長っ」とか思っている。


もちろん80歳まで生きられる保証はないし、もしかしたらうちの兄みたいに30歳くらいである日突然死ぬ可能性もあるんだけど、でもだからって「今を精一杯生きねば……!」とか思えないし、思いたくもないなーって。だってしんどいもん、その考え方。「もしかしたら明日死ぬかもしれないよね〜あはは」くらいに思っていた方が精神衛生上いいんじゃないかなって思う。



何かを成し遂げたいとも今はもう思わないし、やりたいくないことやめて、やりたいことだけやって生きていければいいと思ってる。ゴロゴロして、食べて飲んで寝る、みたいな生産性のカケラもない生活も別にいいじゃん、って思う。


ちょっと前までは、何もしない毎日なんて、人生の時間を無駄にしているみたいでイヤだったけど、でも、無駄にしているような気がして今の自分を責めている方が人生を無駄にしている、っていうことに気づいたから、ゴロゴロする毎日や生産性のない日々を思いっきり楽しもう、っていう考えにシフトした。そしたら毎日が楽しくて^^







なんかちょっと話がそれた気がするけど、何が言いたいかというと、人生をそんなに重く捉えなくてもいいんじゃないかなってこと。わたしの大好きな為末大さんの本に、「人生は暇つぶしだと思ってからは生きるのが楽になった」みたいなことが書かれていたけど、本当にその通りだと思う。



自分の人生を意味あるものにしてみせる、と意気込んで空回りしている若い人もよく見る。かくゆう僕も、競技人生の前半においては、意味のある人生にしたい、意味のあることを成し遂げたいという思いが強い動機になっていた。でも、メダルを取った頃からふと冷めだした。僕の母が毎日近くの山を登ることと、僕が世界で三番になることの本質的な違いがわからなくなったのだ。


人生は暇つぶしだと思ってから、急に自分が軽くなって、新しいことをどんどん始められるようになった。たかが人生、踊らにゃそんそん、である。


ほんとーに、その通りだと思う。人生は暇つぶし。だから、例えば仕事を辞めるのも、世界へ旅立つのも、何をするのもしないのも、全部暇つぶしのひとつ。だからそんなに重く考えず、やりたいと思ったこと、少しでも興味のあることをやってみたらいいんじゃないかな。もしそれが自分に合っていなかったらまた違うことをすればいい。


そしてなにもしたくなければ、引きこもるのもいいし、家でゆっくりすごすことだって「やりたいこと」のひとつ。



人生は暇つぶし。気負わず楽しもう。って言っても油断すると力はいっちゃうから、わたしも気をつけようと思います。 
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セブ島留学をしようと思い(結局しないけど)お金を貯めるため、去年の10月から、半年間の期限付きで派遣で働いていた。 


契約は4月末まで。


働きはじめて1ヶ月ほど経ったとき、職場の人に「半月だけ延長してほしい。5月15日まで働いてもらえないか」と言われたのでオッケーした。




その職場でははじめ「いい人」を装ってたんだけど、途中から苦しくなってきて、もうどうでもいいやと思い、いい人をやめて休みたい時に休んだり、月末の忙しい時にサボったりしだした。


具体的には、「今日行きたくないな」と思ったら仕事を休んだり、会いたい人がいたら仕事を休んで会いに行ったり、飲み会の次の日はゆっくり寝たいから、月末の忙しい日だったけど無理矢理休みをもらったり。


嫌な顔されたし、面と向かって言われてないけど多分キレられてたと思う。




でも、それでもやっぱり自分が大事だから。ちょっと怖かったけど、実行した。自分を大事にした。


するとどうなったか。







あと1ヶ月ちょっとで契約終了となる4月のはじめのある日、派遣会社の担当さんがやってきて、いきなりわたしにこう言った。



「半年間働くと10日間の有給が発生するんですが、それが取得できるのが4月15日からなんです」



まじで!



ということで、契約は5月15日までだけど、4月いっぱいで仕事を終えて、今は有給消化中。働いていないのにお金がもらえる最高の期間!


はじめから半年間っていう契約だったから、有給休暇のことなんて、考えてもなかった!半月伸ばしてほしいって言われた時も、有給休暇のことなんて頭になかった。でも、いきなりもらえることになったプレゼント。







絶対絶対ぜーーーーーーーったい、これ、わたしがわたしのことを大切にして、自分勝手に振る舞ったから神さまがプレゼントをくれたんだと思う。絶対絶対絶対そう。たぶん、ずっと「いい人」やって、怒られたり嫌われたりするのを恐れて、行きたくない日も会社行ったり、やりたいことがあるのに仕事優先にしたり、休みたい日に休み取らなかったりしてたら、絶対絶対このプレゼントはもらえなかったと思う!



本当に本当に、自分を大切にしてよかった。





前からずっと言っている「自分を大切にする」っていうことだけど、やっぱり今でもいちいち怖い。嫌われるのも怒られるのも怖い。だけど、それでもやるのかやらないのか。やった人だけがもらえるプレゼントがあるんだと思う。


誰が自分を大切にしてあげられるのか。自分しか自分を大切にしてあげられる人はいないから。

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