2012年9月16日、兄が傷害致死で殺された。享年31歳だった。

当時20歳と21歳の犯人の男ふたりは、今刑務所にいる。


あの出来事から今に至るまでのわたしの心境や、わたしたち家族に起こったことを書いていこうと思う。






2013/6



裁判が進むにつれ、犯人の生い立ちが少しずつ明らかになっていった。覚えている範囲で書いていこうと思う。

 

大谷は事件当時20歳。生活保護を受けている母と姉と3人で暮らしている。兄は結婚して子どもがいる。高校を卒業後、しばらくふらふらしていたが、兄の紹介で建設現場で鳶の仕事をはじめるものの長くは続かず、半年ほどで辞めて日雇いを転々としていた。

わたしの見る限り大谷は鳶とは無縁の風貌をしている。なぜ大谷の兄は鳶職をすすめたのだろうか。鳶どころか力仕事系全般向いていないのではないかと思うほどひょろっとした体つきと真っ白な肌なのだ。研究員とか数学者とか言われたほうが納得がいくくらいだ。

 

 

安田は事件当時21歳。大谷との関係は、先輩だったかただの遊び仲間だったか、どちらか忘れた。

なんらかの理由で両親とは疎遠になっている。彼女と二人暮らしをしていて、事件当時彼女のお腹には安田の子どもがいた。事件が起こり安田が逮捕されたため中絶した。

 

ここにも失われた命があったことを、これを書くまで忘れていた。

 

仕事は建設作業員。2年近く働いていて勤務態度はいたってまじめ。遅刻や無断欠勤などもしない。安田の同僚によれば、安田がいないと現場が回らないそうだ。同僚からの信頼は厚い。

 

 

 

大谷には子どもっぽさを感じずにはいられない。周りの人間に守られていることを自覚していない子ども。柵で囲われていて襲ってくる敵がいない状況だから吠えることができることに気付かず、自由な存在であるかのように錯覚している。

人間としての厚みがない、うすっぺらな存在だ。

 

裁判の終盤に裁判官や裁判員に向けて反省の意を語る場面があった。10人ほどの大人たちを前にした大谷の声はかぼそく消え入りそうだった。耳は真っ赤で握った拳は震えていた。「堂々さ」のかけらもないその姿に、哀れみさえ感じた。そうだこいつはガキなのだ。ガキがイキがって、相手を殴ったら死んじゃいました、僕のせいじゃありません、ということなのだ。そう思うと呆れて怒る気力も失せる。

 

きっと反省もしていないだろう。殺したわけでもないのに(結果的に殺しているのだけど)なんで5年半も服役しなきゃならないんだ?と思っていることだろう。大谷は賠償金の金額に不服を申し立てている。

 

 

安田は大谷に比べると頭がよく、立場をわかっている感じがする。裁判中は終始うつむき加減で余計なものは見ない。無駄な発言はしない。考えてから物を言う。きっと弁護士に振る舞い方を指導されているのだろうが、安田はそれを肌感覚でわかっているようだった。

 

大谷の兄は法定に来ていたが、安田の親族は私が知る限り誰一人傍聴に来なかった。どんな人生を歩んできたのだろうか。親との関係はどうなっているのだろう。

安田の家庭環境を想像すると、暴走行為に向かうのもわからないでもない。

 

 

安田は兄を殴った理由を、大谷のバイクに傷をつけたことにカッとなったこと、仲間が見ている場面で相手を殴れば、かっこつけることができると思ったからだと語った。とんでもなく幼稚だが、そういう気持ちが集団の中にいると湧き上がってくるのはわからないでもない。

 

 

わたしが犯人を目の前にしても憎悪の気持ちが湧いてこないのは、結局のところ、イキがったガキに呆れているのと、家庭環境が悪かったためにゆがんでしまった男に同情しているからなのかもしれない。

彼らを見ても、心の底から沸き起こる憎しみのような感情が湧いてこない。

 

これは慈愛の心というよりも、むしろ諦めに近い感情だと思う。もう、仕方がないよね、という気持ち。わたしはそういった気持ちを持てることを、感謝しなければと思う。誰にかはわからないけれど、誰かに感謝したい。執念の炎を燃やせるようなタイプの人間でなくて、本当によかったと思う。

世間では「冷めている」と言われるような感情が、このときばかりは役に立つ。




続く。