2012年9月16日、兄が傷害致死で殺された。享年31歳だった。

当時20歳と21歳の犯人の男ふたりは、今刑務所にいる。


あの出来事から今に至るまでのわたしの心境や、わたしたち家族に起こったことを書いていこうと思う。






2013/6



犯人の弁護士はそれぞれに2人ずつ、私設弁護士を雇う経済的余裕がなかったためか国選弁護人がついた。

 

安田の弁護人が風変わりでおもしろかった。

名前は忘れてしまったが、40代前半くらいで真っ黒なロン毛に黒縁のメガネ。紀里谷和明さんを色黒にしたような風貌だった。裁判長から「弁護人はもっと大きな声でしゃべってください」と指摘を受けるほどぼそぼそとした話し方で、例えるなら古畑任三郎を100倍ぼそぼそさせたような感じだ。

 

はじめはその芝居がかった振る舞いにイライラしたりもしたが、裁判も中盤に差し掛かかり、彼の弁護士魂みたいなものを感じた場面があった。

 

裁判では検察側、要するにわたしたちの側の証人として、事件当日犯人たちと一緒にいた仲間が数人法廷に立った。彼らは検察と弁護人双方からの質問に答えた。4回目くらいの公判だったと思うが、図体のでかいぬぼーっとした男が証人として出廷した。その男は本当にぬぼーっとしていて、検察側からの質問に「知らん」「そう」「わからん」「うん」と、文章ではなく単語で回答していた。

 

検察の質問が終わり弁護人が質問する番がやってくると、唐突に紀里谷風弁護人が「あなたはウソをついていますね」と言いだした。ぬぼーっとした男は抑揚のない声で「ついとらん」と答えたが、紀里谷は「そんなはずないでしょう。あなたの証言はウソです」と繰り返した。相変わらず「ついとらん」を繰り返し、そのやりとりが何度かなされた後、紀里谷がいきなり大声で「あなたは事件の数時間前、△△にいたと言っていますが、本当は◯◯という女性と一緒にいたでしょう!」と、事件とは全く関係のない女性の名前を持ち出して怒鳴った。

 

これには法廷内の誰もが驚いた。まず、なぜいきなり声を荒げたのか。そしてその女性は一体どこの誰なのか。

法廷内にいる全員の頭の上に?マークが浮かんでいる中、男が冷静に「おらん」と答えているのを聞いて、その動じなさ加減に敬意を表したい気持ちになった。

 

どうやら紀里谷の目的は、ぬぼーっとした男の知人の女性の名前を出すことで動揺させ、裁判員らに「この男の証言は信用できないかもしれない」と思わせることだった。

だがあまりにも無表情で淡々と「おらん」「ついとらん」を繰り返す男に、明らかに紀里谷の作戦は失敗していた。

 

質問が終わり男が傍聴席に戻ろうとしたとき、紀里谷が男の肩に手を置き、耳打ちしたのが見えた。知人の女性の名前を出したことをわびていたのかもしれない。きちんとフォローを入れるところにわたしは好感を抱いた。相変わらず振る舞いは演技がかっているし、ぼそぼそとした喋り方ではあるが、紀里谷は裁判に関わる人の心情を気遣う優しさを持っていた。

 

こんなこともあった。

 

紀里谷が兄が飲酒運転をしていた事実について安田に質問する場面でのことだ。

紀里谷が弁護しているのは罪を認めた殺人犯だ。被害者は死んでいる。そして法廷には遺族がいる。そういった場面で被害者の過失について言及するということは、遺族の感情を逆なでする行為になる。

それを思いやる気持ちが、彼にはあった。

安田への質問が終わり、裁判が休憩に入る前、紀里谷はわたしたち遺族に向かって深々と頭を下げたのだ。5秒間くらいだったと思う。頭を上げた紀里谷の顔は苦悶に満ちていた。握った拳は小刻みに震え、泣いているように見えた。

 

遺族弁護人を通じて、紀里谷からメッセージが届いた。それによると、どうやら紀里谷は実の息子を亡くしているらしい。だからわたしたち遺族の気持ちは痛いほどわかる。だが、わたしは犯人の弁護人だ。真実を追究する義務がある。ということだった。

それが真実かどうかはわからないし、遺族に恨まれたくない一心でメッセージをよこしてきたのかもしれない。それはわからないが、わたしは紀里谷のいうことは真実のような気がした。

 

風変わりな弁護士のおかげで、わたしはほんの少しだけ、息継ぎができる心の空間が増えたような気がした。




続く。