ハワイの2日目は寝不足から始まった。

 

25日の21時に日本を立ち、約6時間のフライトを経てホノルル空港へ到着した。現地時間は25日の午前10時。もう一度25日をやり直す感覚だ。

飛行機で寝付けなかったため、一睡もしないまま再び1日を繰り返すというのはなかなかしんどかった。

1日目の夜はぐっすり寝れるだろうと思い早めにホテルへ戻ったけれど、時差ボケのせいかなかなか眠れなかった。ようやくうとうととし始めたのが午前5時。ビールを2本空けた後だった。1時間ほど寝て、簡単に支度を済ませてホテルを出た。サンライズを見るために。

 

ワイキキビーチへ着くと、空が白み始めていた。

 

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日が昇るのはビーチの反対側。後ろを振り返るとそこにはホテルや高層マンションが立ちはだかり、日の出を完全に遮っていた。

わたしは白けた気分になり、ビーチを後にした。

 

 

その日はホノルルから離れ、ダウンタウンまで足を伸ばしてみることにした。

ダウンタウンはホノルルの政治・経済の中心だけあり、ビジネス街が広がっている。ここではハワイ王国時代の史跡を訪れることもできる。

ダウンタウンへ向かうトロリーの中で、わたしは猛烈な腹痛に襲われた。

わずか5分ほどのうちに痛みはどんどんとひどくなり、吐き気もこみ上げてきた。目的の停留所までのわずかな時間ももないくらいだった。よっぽどバスを止めてもらうよう頼もうかと思ったが、それを英語で言う勇気も気力もなく、横たわってやり過ごすことにした。

 

横になるとだいぶ落ち着き、痛みのピークが過ぎ去った。だが油断はできない。またいつ襲ってくるかわからない。バスを降り、近くにあったスーパーマーケットのトイレへと駆け込んだ。

 

ハワイまできてスーパーマーケットのトイレに閉じこもる羽目になるとは夢にも思わなかった。

ダウンタウンの中心のスーパーマーケットにはガラの悪い連中が訪れるのか、ドアの向こうから悪態をつく声が聞こえてきた。

それはわたしが今まで聞いたどの悪態よりもひどいものだった。汚い笑い声とともに、遠慮なく放たれる罵りの言葉。わたしは彼女たちが出て行ってくれるよう必死で願いながら、腹痛の原因がすべて流れ出ることを祈った。

 

出すべきものを出してすっきりしたわたしは再び観光に戻った。

 

 

父は日本にいるときからしきりにビーチでサンセットが見たいと言っていた。せっかくならごちゃごちゃしたワイキキビーチではなく、トロリーで10分ほど行った先にあるアラモアナビーチまで足をのばそうということになった。

アラモアナビーチは人が少なく、日本人もほとんどいない穴場のビーチなのだ。

手前に広がる芝生の緑、その先の砂浜、そして一面に広がる真っ青な海。思わずため息が漏れた。わたしはアラモアナビーチで、ハワイに来てはじめて心が躍るのを感じた。

 

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海は透明で美しかった。

 

砂浜に寝そべると、タオルを通じて暖かさが背中に伝わり、それが体全体に広がっていくのはなんとも言えず心地よかった。わたしは海へ入るのを早々に切り上げ、砂浜で横になった。

 

空は優しい青だった。

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1時間ほど眠ると、サンセットまであと1時間ほどだった。芝生に移動し、ビールを飲みながら日が暮れるのを待つ。こんなにゆったりと太陽が沈むのを見るのはいつぶりだろう。いや、もしかしたら初めてかもしれない。わたしは山に囲まれた街に住んでいる。周りには住宅街。水平線のかなたに日が沈んでいく様子を、わたしの住む街から見ることはできない。

 

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刻一刻と色を変えていく空に、釘付けになる。

 

 

少しでも目をそらしたら次の瞬間には表情を変える景色を、わたしは飽きずにずっと眺めた。穏やかな時間のなかでふと、昨日の夕飯を食べたレストランの店員を思い出す。

笑顔でないからといって、彼女たちが幸せでないわけではないのかもしれない。

彼女たちは自由だった。自分が振る舞いたいように振る舞うことになんのためらいもない。自分の感情を表すのに躊躇がない。脳と表情の間に、思考というものを挟まないのかもしれない。そのストレートな感情表現はわたしを萎縮させたけれど、そういうものだと思って割り切ってしまえばいいように思う。

ハワイのひとたちは、自分を飾らずに生きている。

 

そう思うと、少しだけハワイが好きになれた。

 

続く