2014年12月

土曜日に、今年初スノボでコケまくって全身打撲。それに加えて最近慢性的に感じていた腰の痛みが出て、最後まで楽しめなかった。「これはまずいっしょ」と思い、翌日整体へ駆け込んだ。


お世話になっているゴットハンド加藤先生は、身体に触れただけで痛みの原因や解決方法がわかるそう。わたしの腰の痛みの原因は、普段の姿勢の悪さからきていた。(まあ、たいがいの痛みの原因はそれだと思うけれど…)


加藤先生がすばらしいのは、一度で直してくれて、さらにこの先も痛みが出ない方法を教えてくれるところ。自宅でできる超簡単な体操を伝授してくれて、それさえ定期的にやっていれば「整体に行った後はよかったけど、しばらくしたらまた痛みがでてきた」なんてことがない。


だからもちろん、加藤先生は「何度も通わなくていい」というスタイル。「同じ箇所が痛いんです」なんて連絡したら、「俺が教えた体操しとるんか?!」と怒らる。わたしが初めて訪れたとき、それも姿勢の悪さから首が痛くなったのだけど、「せっかくのいい女が台無しだわ!」「もっと胸張って歩け!」と怒られた。


加藤先生の言う通りの体操をしていると、本当に同じ箇所が痛くなることがない。わたしはこれまで首、腰と二度お世話になっているので、できる限り二度とお世話にならないようにしたいなあ。会えるのが最後かもしれないので、ちゃっかり簡単にできる小顔テクや、顔の左右のゆがみを解消する技、目力UPの方法も伝授してもらった。

これがまた抜群で、一発でほうれい線が薄くなって、顔に張りがでたからびっくり。鏡を見なくても、自分の顔が「キュッ」っと締まり、血行がよくなったのがわかった。マジで先生すげー。

先生いわく、顔のシミ、シワなどの老化は、すべて筋肉が収縮してい、血流が悪くなっているのが原因。だから筋肉をほぐせば、血行がよくなり、顔にハリが出て、シミやシワもなくなるんだって!

「じゃあ何万もする高い美容液を買うのがばかばかしいですね、先生!」と言ったら、「そうやな」と言っていた。



整体は、5回、10回とコースを用意しているところが多い。しかも料金は数万円〜数十万円と高め。「初診料」とか「カウンセリング料金」を取るところもある。


それに比べ、一発で直してしまい、料金はどんな症状でも4000円。おまけに二度と痛くならない方法も教えてくれて、小顔にもしてくれて、美しい歩き方も教えてくれて、スノーボードでのうまい腰の使い方も伝授してくれちゃう、サービス精神旺盛な加藤先生。



私「なんで他の整体はコースなんですか、先生?」

先生「まあ、商売だからなあ。何度も通ってもらわないと、お金稼げないだろう」

私「じゃあインチキってことですか!?」

先生「インチキとは言わないが、本当なら、何度も通う必要はないわな」


ほうほう、そうなのね。ちゃんと身体のことを学び、国家資格を持ち、ある程度経験のある人なら、一度の施術で直すことは可能なんですね。だけど商売だから、何度も通ってもらう必要がある。だからあえて一度で直さない。自宅でできる方法を教えないのも、納得できる。通わなくても痛くならないなら、通う必要ないもん。


知らないってこわいなあと思った。いろんなことを鵜呑みにしていたら、どんどん搾取されるのかな。整体だけじゃなく、エステも、スクール系とかも怖い。必要以上に疑心暗鬼になる必要はないけど、本当にその金額が適正なのか?と疑問を持つことは大事。

自分の信頼できる人がおすすめしてくれたものを選ぶことが、いちばんいいかも。加藤先生も、信頼できる友人から紹介してもらった。加藤先生は、広告を一切していなくて、口コミだけで広まり、今では千葉などの遠方からもお客さんが駆けつけるらしい。


加藤先生は心理学にも精通しているので、心から来る身体の痛みも取り除くことができる。というかそっちが専門なのかも。

先生いわく、悩みや苦しみが身体の痛みをつくりだしているパターンは多いみたい。わたしみたいな鈍感人間は、だたの姿勢の悪さが身体に出ているだけだけど、(だから何度も通わずにすんでいるのだけど)心の病からくる身体の痛みをかかえている人は、加藤先生の元へ定期的に通っている。




話が逸れたけど、サービスを選ぶ、何かを買うときは、その業界の真実を知ること、信頼できる人からの情報を得ること。その上で、自分の判断基準を持って選択したいなあ、という話。
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2014年の終わりに、すてきな本に出会った。



「完全オーダーメイド」の結婚式をプロデュースするウエディングブランド、『crazy wedding』の代表、山川さん。「意志をもって生きる人を増やしたい」という想いを実現するために起業し、わずか1年足らずで人気ブランドまで成長。

山川さんの幼少期から起業、そして現在までのストーリーと、山川さんの生き方がつまった一冊。


幼少期は、家族全員日本一周ワゴンの旅へ。2年近くワゴンで暮らし、その後は千葉の片田舎へ。大自然の中育ち、15歳まで自分でお風呂を薪で焚くような生活をしていた。

大学卒業後、ベンチャーのコンサルティング会社へ入社。5年間走り続けて、ふと「一生懸命働いているのに、理想の人生からは少しずつ離れていく気がする」と気づく。人生のすべてだと思っていた会社を辞めて、オーストラリアの旅へ。


その旅は「人生を変えた旅」になるのだけど、そこで山川さんが想ったことがすごく刺さった。


手に入れた多くのものを守ることに、いつしか一生懸命になっていた。それは仕事であり、肩書きであり、給与であり、キャリアであり、常識であり、そしてそれらによって守られた日常。その中では、人は傷つくことも、孤独に思うことも、お金の心配をすることも、自分が無能だと痛感することもない。私もそうやって、いつのまにか身動きが取れなくなっていた。

自分らしく生きたいと願って、一生懸命に生きた五年間。いつからか手にした、自分が「人生で真に望んでいたわけではない荷物」を守ることが目的になってしまっていたことに唖然とする。

たった一度の人生なら、何かを守る人生ではなく、大切なモノやヒトを精一杯大事にしながら、ワクワクして何かを探す冒険の人生がいい。自由に自分らしく、その道を突き進む生き方を貫くため。



会社や組織に属することで与えられるもの、それは安定だったり、キャリアだったり。その代償に失っているものは、自分の思うように生きること。「自分の人生を生きたい」と思ったら、だれかが創りあげた会社や組織には属せないとわたしは思う。



必死に大切にしてきたキャリアなんかよりも、大切なものが人生にはあって、それは私にとってまっすぐに自分の人生を歩むことなのだということ。自分に嘘をつかず、自分の人生を生き抜くことよりも大切にしたいものは、この世にはなかった。



100パーセント自分に正直に生きている!という人は、意外に少ない。わたしたちは、どこかで自分にうそをついている。そして、うそをついているということに気づいていない人があまりにも多い。いや、本当は気づいているんだけど、「向き合いたくないから目を背けている」が正しいかもしれない。

なぜ目を背けるのか。それは、本当の自分のやりたいことに気づいて実行するのに、とんでもなく勇気がいるから。怖くて、未知で、前が見えなくて、不安。そんなのに飛び込むくらいなら、ぬるま湯に浸かっていた方が、傷つかず、楽ちんで、それなりに生活できるから。


だけどわたしはこう思う。そんな人生に、心からの感動や、心からの悔しさや、心からのよろこびってあるのか?わたしは誰かが創りあげた場に属しながら、心が震えるような喜びを感じたことはない。

きっと心が震えるような体験は、「自分の人生を生きる覚悟」をした人間に与えられる、プレゼントのような気がする。




山川さんの言葉は本当に素敵。

私は、足りないと思い続けてきた自分の人生が、もうすでに十分満ち足りていることを知った。そして、「自分の意志を持って生きる」ということを自分が一番失いたくないと思っていることだけは、決して見失わずに生きたいと願った。それ以外を失ったとしても、山川咲という道をまっすぐに生きることだけを失わなければ、私の人生は大丈夫なのだと気づいた。

私は人生の答えを探す旅をやめた。何かすてきで大きな未来へと、私は自分の生き方を大切にしてただ進んで行くのだ。そこで、一生答えのでない未知な自分自身と、未知な未来を、私は探求し続ける。それが人生なのだと思えた。自分と向き合う人生は美しく、尊い。多くのアーティストたちがそうしてきたように、人が自分と向き合うことで、クリエイティビティは生まれていくと信じている。



「すでにすべて持っている」という感覚はものすごく大事で、わたしたちはすでに、必要なものはすべて持っている。今のままで完璧な状態。

自分にできないことは、他者がやってくれる。そのために他者がいる。「わたし」というのは、個体の「わたし」ではなくて、自分の周りの人も合わせてすべて「わたし」という感覚。「周りの人も合わせたわたし」には、できないことなんてないし、すべてが揃っていて完璧。



そして、「自分と向き合う」ということ。

これはこの本のメインテーマだと思う。自分と向き合って、自分にとって「本当に大切にしたいもの」を知る。それは多くの人の場合、「安定した収入」や「社会的地位」、ましてや「周りからの評価」なんかでは絶対にない。


挑戦して生きることは、じつは葛藤して生きるよりもずっと楽だった。そして充実していて、自分の人生はすばらしいと思えた。


「自分の人生はすばらしい」と、心からそう思えるように、わたしはいろんなことにチャレンジしたい。「毎日が冒険」、そんな日々を送っていきたい。2015年を前にして、大きな勇気をもらえる一冊だった。山川さんに会いたいなあ。というか会えると信じていたらいつか会えるので、楽しみ。

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この本を読んでから、日々の記録をノートにまとめるようになった。



分厚めのキャンパスノートの表紙に写真をコラージュして、「マイノート」をつくり、思ったことを気ままに綴ったり、行ったお店のショップカードを貼ったりしている。


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やりはじめて1年ちょっと。今、このノートの最も素晴らしい点に気がついた。それは、1年前の自分が何していたか、振り返るのに最適だということ。


1年前の私は何を考えていたんだろうかとノートを見返していると、「2014年、どんな年にしようか?」というタイトルで新年の抱負が書いてあるページがあった。書い内容は全然忘れてた。改めて見返して、はっとした。

1年前に書いた願いが、ほとんど叶っていた。




わたしは1年前、2014年の抱負として、こんなことを書いていた。

  • テーマは「解放」!とにかくはみ出す人生

  • とにかく挑戦でいっぱいの1年

  • 何かしらの形で、複数の収入を持つ

  • 友達じゃなくて、仲間をつくる

  • インプットをアウトプットに変える




やばい。全部叶ってる。



テーマは「解放」!とにかくはみ出す人生
職場で「個」を貫いて、自分の立ち位置を確立。嫌われる勇気を発動して、自分らしく組織にそまらずはみ出して生きた結果、目標を持たず、数字を追いかけず、がんばらず、思ったことは率直に言い、とにかくテンションの上がることだけをやって、社内トップの成績。


とにかく挑戦でいっぱいの1年
いろんなことに挑戦した。たとえば、
解放食堂 in 名古屋という東北復興支援イベントを主催して、150名の参加、10万円以上の寄付金を集める。
四角大輔さんとジョンキムさんのトークセッションを名古屋で開催。
ワードプレスでイチからブログの立ち上。(IT音痴なのに。奇跡!)
ブログで自分の隠しておきたい過去を打ち明けた。
60人が集まるイベントの司会のオファーを引き受けた。(全然うまくできなかったけど、やってよかった)


何かしらの形で複数の収入を持つ
ブログで広告収入が発生した。
フリーになると公言したら、仕事の依頼が何件か来た。


友達ではなく、仲間をつくる
たくさんできた。解放食堂、自分をつくる学校、キムゼミ。


インプットをアウトプットに変える
ブログを続けることができている。




いろいろ叶ってたことがうれしすぎて、嫌なこともたくさんあったはずだけど、そんなの忘れてしまった。むしろ、「嫌だったこと」は、叶えたい願いを叶えるために必要な要素だったんだと思う。

2014年、すごく幸せだったな。



「願い事は書くと叶う」というのは本当。全力で言える。実際に、わたしは書いたことがすべて叶った。書いただけで願いが叶うなら、もう書くしかないじゃない。ちょっとコツがあって、「本当にそれを自分が望んでいるのか?」と問いながら書くこと。

これはけっこう大事で、「自分の願い」だと思い込んでいることが、「こうしたほうがいいってみんなが言っているから」とか、「こうしたらうまくいきそうだから」みたいな世間の価値観や損得でつくられた「ニセの願い」であることがよくある。



2015年はどんな年にしよう?願ったことが100%叶うとしたら、何を願う?
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3月で仕事をやめて、フリーでやっていこうと思っているのだけど、最近しょっちゅう「不安」が襲ってくる。結構のんびり構えてたのだけど、人間の「現状を維持しようとする本能」はやっぱり大きいなあと実感。



収入がなくなったら?
生活していけなかったら?
全然稼げなかったら?
などなど。

そんなことを考えるたび、「やっぱり今のまま働いていたほうが安定だし、一文無しになることはないし、いいんじゃないか…」と思ってしまう。



これは、そういうときに読むようにしている本。


まだそうなっていないのに、なぜ未来のことを心配するんでしょうか?そうなったら、そうなったときに考えてみませんか。そうなっていない未来を考えて、今を我慢するのは、もったいないですね。

未来はうまくいくという前提か、未来はうまくいかないという前提か。

どちらに決めても、いい未来も悪い未来もやってきます。いい未来が来たら、ラッキーと楽しんで、悪い未来が来たら、そのとき考えればいい。そしていいことも悪いことも受けとって、人生をおもしろがればいいのです。


がんばらないでブラブラと好きなことをしているほうが愛される。わがまま放題で、「あれは嫌。これをやりたい」と好き勝手しているほうが、みんなが支えてくれて、評価されるのだということを早く信用してほしいのです。


これは最近ものすごく感じている。わがまま放題しても、嫌われないし、なぜか結果が出てむしろ評価が高くなる。


一生懸命働いて資金をためてから、好きなことをしようとする。そうすると、お金はいつまでたっても集まりません。「まだまだ足りない」「もっともっと」「さらに」と頑張るからです。

そうではなくて、「好きなことをする」と決めたなら、まず初めに好きなことを始める。嫌なことをやめる。そうすれば、不思議なことにお金が入ってきます。働いてお金を稼げば遊べるのではなく、遊ぶからお金が入ってくる。


好きなことだけやるのって、結構勇気のいる。だけど、えい!っと勇気を出した人が、幸せな人生を歩んでいくんだと思う。

よし、ますます自分に優しく、自己中になるぞー!
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誰かに何かを言われて傷つく。誰かの書いた文章を読んで、「批判された」「バカにされた」と感じる。これは、傷つけた側が悪いのではなく、傷つく側に原因がある。


人は、自分が思ってもないことで傷つくことはない。たとえば安室ちゃんに「ブス」と言っても、きっと傷つかない。ボルトに「のろま」と言っても、傷つかないのと同じように。



「ブス」と言われて傷つくのは、自分を「ブス」だと思っているから。「仕事ができない」と言われて傷つくのは、自分のことを「わたしは仕事ができないヤツだ」と思っているから。自分で自分のことを悪く思っているのに、他人に言われたら「そんなこと言うなんてひどい」「人の気持ちを考えない最低のやつ」と批判するのはおかしい。



自分のことを「最高にかわいい!」と思っていたら、「ブス」と言われても、「何言ってんの?バカじゃないの?」と思える。自分のことを「超優秀」と思っていたら、「仕事ができない」と言われたら「こいつ、仕事ができるわたしのことを妬んでるな!?」と思える。



自分を傷つけることができるのは、自分だけ。だから、他人の発言で「傷ついた」と感じたときは、「自分のことを、そう思っていたんだな」と気付くチャンス。

わたしはそこで「真逆」の概念を持つようにしている。「仕事ができない」と言われて傷ついたのなら、逆に、自分のことを「超優秀」だと思えばいい。ただ、思うだけ。そこで「もう二度と仕事ができないなんて言わせないっ!」と鼻息粗くがんばるのは、なんか違う。

要するに、勘違いしてしまえばいい。ブスだとしても、「自分はかわいい」。要領が悪くても「わたしは仕事ができる」。そう思えたら、いちいち他人の言うことに傷つくことがなくなって、楽に生きられる。
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