2015年01月

2012年9月16日、兄が傷害致死で殺された。享年31歳だった。

当時20歳と21歳の犯人の男ふたりは、今刑務所にいる。


あの出来事から今に至るまでのわたしの心境や、わたしたち家族に起こったことを書いていこうと思う。






2012/9/16



わたしの兄の名前は高木優。

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兄とわたしは2人兄妹で、年は6歳離れている。兄は名古屋市内のマンションで、奥さんと2人の息子と一緒に暮らしていた。息子は当時9歳と3歳で、上の子は心優しい子で、下はわんばく坊主。25歳だった当時のわたしは、岐阜県にある実家に住んでいた。

兄が死んだ日のことは、今でも昨日のことのように覚えている。その日わたしは23時頃に帰宅し、2階にある自分の部屋にいた。1階にいる母に呼ばれ、「掖済会病院 って知ってる?」と聞かれた。わたしは「知らない」と答えた。

なぜそんなことを聞くのかと尋ねると、兄が救急車で運ばれて、掖済会病院に搬送されたと警察から連絡があったそう。夜遅かったので、父がひとりで病院へ向かった。実家から病院までは1時間半くらいだ。

このとき、父も母もわたしも、あまり兄の心配をしていなかった。その日は3連休の中日で、どうせ酔っ払って路上でぶっ倒れているところを運ばれたとか、そんなところだろうと思っていた。そういうアホなことをいかにもやりそうな人なのだ。



うとうとと眠りかけていた深夜1時に、1階にいる母から電話がかかってきた。寝ぼけて電話に出ると、母は泣いているみたいだった。「お兄ちゃんが死んじゃった」と言っていた。わけがわからなかったので1階へ行くと、母が泣き崩れていた。どうやら病院に着いた父から兄の死を知らせる連絡があったらしい。

死んだといわれても、よく意味がわからなかった。まるっきり実感がなかった。死体を見たわけでもないから、何かが失われた感覚もなかった。その日は深夜の4時頃に眠りについた。意識が混乱して、眠れないんじゃないかと思ったけれど案外眠れるものだ。ショックで眠れなくならないわたしは薄情なやつだと思った。眠るまでの間、「お兄ちゃんが死んじゃった」という言葉が頭の中をぐるぐるぐるぐる回っていた。




続く。
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先日のブログにも書いたのだけど、今年の春から、世界旅行に出かける予定。


 

わたしが2年半前に兄を亡くしてから、犯人の幸せを願うまでになった経緯を伝えながら世界中を回る計画を立てている。

 

 

 

わたしが犯人の幸せを願えるようになったのはごくごく最近のことで、それは友人の存在だったり、心屋仁之助さんのブログだったり、読み漁ってきた本のおかげだったり。理由はさまざまあるので「このおかげで!」と一言では言えない。

 

100%断言できるのは、憎むべき相手を許すことができた瞬間に、わたしの人生は180度変わった。自分のことをすっっっっごく好きになることができた。「わたしめっちゃ幸せ」と心から感じられるようになった。とにかく理屈抜きに、許しがたい相手の幸せを願っているクレイジーな自分のことが愛おしくてしょうがなくなったのだ。

 

不謹慎な言い方だけど、わたしは兄の事件は起こってよかったと思っている。だってそのおかげで、わたしは、今まで感じたことのない幸せを感じているのだから。

 

具体的にどんな変化が起きたかというと、ひとつは、自分の全てにマルをつけられるようになった。自分の嫌な部分、卑怯な部分、隠しておきたい醜い部分をすべて認めることができるようになった。

これはものすごく幸せなことで、絶対的な自己肯定感を持っていると、どんな出来事が起こっても大丈夫だというわけのわからない自信が生まれる。わたしは、この先どんな不幸な出来事が起こったとしても、それを受け入れてプラスに変えていける確信がある。だから今、わたしには不安が一切ない。「絶対なんとかなる」という自信と、「どんな状況も受け入れられる」という自信があるからだ。

 

ふたつめの変化は、(ひとつめとニアリーなのだけど)自分の好きなことをして生きて行く覚悟ができたことだ。それは将来への不安がなくなったということでもある。会社を辞めて、世界を旅することに、金銭的や将来的にまったくといっていいほど不安がない。

わたしはどの瞬間も幸せを感じられるから、だからお金がなくなって路頭に迷ったとしても、それさえも幸せな出来事だと思えるだろう。

 

 

こんな感じで、「許せない相手の幸せを願う」ことで得たものはめちゃくちゃ大きい。

どうしても許せない相手がいたり、何かしらの被害に遭って、悲しみや痛みを抱えて苦しんでいる人に声を大にして言いたいことは、それは間違いなく神様からのプレゼントだ、ということ。憎むべき相手の幸せを願えるようになったら、ものすごい幸せが待っている。

 

わたしはボランティアをする人や、恵まれない子どもたちのために何かをする人のことが信じられなかった。だけど今ならわかる。そういう人たちは自分が十分に満たされているから、他者に支援ができるのだ。

わたしも今は、発展途上国へ支援したいなあと思うようになってきた。自分が満たされてきた証拠だと思う。

 
今までずっと、自分のことを心の狭い人間だと思ってきた。ズルくて卑怯で優しくない人間。だけどわたしの中に、「愛」はちゃんとあった。今はそれを信じられる。

 
「被害者」という言葉をこの世から撤廃しよう。自分のことを被害者だと思うことが、不幸への入り口のような気がする。これからは「被害者」を「幸せになるための切符を手に入れた幸せ者」と定義する。長い…つまり「幸せ者」だ。

 

 

相手を恨んでも、相手は不幸にならない。誰かを恨んで不幸になるのは自分だ。だから早く相手を許そう。相手のことをあれこれ考えているうちは、相手の人生を生きていることになる。自分の人生は、自分で選択できる。自分の感情も、自分で選択できる。

「許さない」と「許す」。どちらも自分で選択できる。「許さない代わりにめっちゃ不幸」か「許す代わりにめっちゃ幸せ」か、どっちがいいかは言うまでもないと思う。

 

自分の人生を生きよう。超幸せになれるから。

 
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今年の3月で仕事を辞めて、世界中を旅する予定。

 

わたしが目指すのは、安宿を渡り歩く一般的なバックパッカーではなく、現地の人たちの生活を体験する旅。世界中の人々は、どんな生活をしていて、どんな考えを持っていて、どんな価値観で物を考えているのかを知りたい。そしてそれを発信したい。

 

だから、現地の人の家に泊まり、家庭料理を食べ、同じ時を共有し、コミュニケーションを取る。わたしには十分な資金がないので、人の縁と恩と愛で旅をする。つまり、衣食住、あるいはそれらのうちのどれかを現地の人に提供してもらおうと考えている。

 

そのヒントになる動画を、友人に教えてもらった。

 

 夢の始まりは、ダンボールの切れ端から–”働きながら海外を旅する”男に、世界中から仕事が舞いこむワケ

 

 

彼(マーク・ヴァンダー・ハイデン)は、「自分がしたいこと」「自分が提供出来る価値」「その代わりにしてもらいたいこと」この3つを、誰が見てもわかるようにシンプルにまとめた動画をつくった。

 

その動画を発信して世界中から「うちで働いて欲しい」というオファーを受けて、お金がなくても世界中を旅することに成功した。

 

わたしの場合は、何が提供できるだろう?友人がアイデアをくれた。

 

 

わたしは2年半前に兄を傷害致死で亡くしていて、裁判で犯人に会った。兄を失った悲しみ、犯人に対する憎しみ、いろんな感情があったけれど、いろんな過程を踏み、今では「犯人に幸せになって欲しい」と思えるようになった。

 

こう思えるようになってから、わたしの人生は180度変わった。憎しみを捨てて、全てを許すことは、誰のためでもなく、自分が幸せになるために必要なのだと知った。

 

憎しみや怒り、許せないという想いは、確実に人を不幸にする。人を許すのは、人のためでなく、自分のためなのだ。自分が幸せになるために、許せない相手を許すのだ。

 

 

この心境を友人に話したところ、その体験は、世界中の人の勇気になると言ってもらえた。マザーテレサでもなく、ガンジーでもなく、有名でもなんでもない日本に住む27歳の女の子が、「大切な人を奪った人の幸せを願う」ということを成し遂げている事実に、勇気をもらえる人は確実にいるはずだと。

 

 

なのでわたしは、世界を回って自分の体験を伝えることにした。犯罪被害者の会?児童養護施設?わからないけれど、きっとどこかで話すことはできるだろう。きっとわたしの話を聞きたいと思ってくれる人(もしくは誰かに聞かせたいと思ってくれる人)はいるはずだ。

そのためにも、プロモーションビデオををつくることにした。旅する理由、スピーチしたいというわたしの意図、その代わりに交通費と泊まる場所を提供して欲しいという希望を盛り込んだPV。

 

旅に出る前に動画をつくり、世界中に送る。きっとオファーがくる(たぶん)。

 

オファーが来なかったら?現地でその動画を見せて、「話させてちょうだい!」というのもいいかもしれない。もはやなんでもアリだ。

 

自分の体験をシェアすることで(働かずとも)生きていけるのか?というひとつの実験として、挑戦してみたいと思う。動画撮影は、元テレビ局のディレクターをしていた友人にお願いした。心強すぎ!

 

あとは英文スピーチを用意しないと。幸い日本語、英語共にライティングは得意だし、留学中にスピーチのクラスを受講していたので、なんとかなるさという気持ちがある。(今思うと、人生はすべて必要なことしか起こらないのだなああと思う。スピーチの授業を取っておいて本当によかった)

 

資金ゼロで世界を旅するためには、何か特別なスキルが必要!だけどわたしには何にもないよー!なんて嘆いていたけれど、ちゃんと自分の中に自分の価値はあった。提供できるものはあった。

 

だからいまのままの自分で、どこまでできるか楽しみ。(スピーチの練習くらいはしておかないとだなあ)

 

動画はできたらシェアします!

 

 
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先日、Mac book airにお酒をぶっかけてしまいました。いろいろやってみたけれど、元どおりにならなかったのでApple Storeへ。水漏れ修理の場合、最低でも修理に8万円かかるとのこと。新しいMac book airを買うのとそんなに変わらない価格なので、新しくしました。


Apple Storeのスタッフさんに「世界一周へ行くんです」とぽつりと言ったら、思いのほか盛り上がって。旅の話やら、Apple Storeで働き始めた経緯とか話して、同い年ってこともわかってテンション上がった。


そのスタッフさんは、東南アジアが大好きでよく旅行に行くみたい。アジアの魅力を語ってくれた。

他のスタッフさんにも、「世界旅行行くんですよ〜」って紹介してくれて、旅慣れたスタッフさんが、旅の心得を教えてくれたりして、すごくありがたかった。


終始「いいなあ」を連発してテンションの上がっているスタッフさんを見て思ったのは、好きなことややりたいことに向かっていると、人にプラスの影響を与えることができるということ。プラスの影響って言うと上から目線だけど、わたしの話を聞いて、彼女は間違いなくわくわくしてくれていた。


最後には名刺をくれて、わたしはブログのアドレスを渡した。「ブログ見ます。旅行前にまた来てくださいね!」と言ってくれて、本当にうれしかった。


素敵な出会いだった。彼女たちと会うために、わたしのMac bookは故障したんじゃないかと思った。



好きなことややりたいことに向かっているときは、きまって素敵な出会いがある。これは100%だ。プラスの空気が、プラスの人を引き寄せるのだと思う。


旅へ出る前に、必ず会いに行こう。


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最近、悟ったこと。この世には「不幸」なことは存在しない。


不幸とはいったいなんなのだろう?

成功者の話などを聞いていると、「あのどん底の時代があったから、今の自分がいる」ということをよく耳にする。それは真実だと思う。


どんな出来事も、将来の自分から見ると、「あの出来事があったおかげで今の自分がいる」となる。だとしたら、この世に不幸な出来事などないのではないだろうか?


よく、「ピンチはチャンス」というけれど、これも同義だと思う。幸せは、不幸の顔をして近づいてくるのだ。だから不幸な出来事に見舞われたら、「不幸そうな顔をしているけれど、どうやらこれは幸せになるために必要な要素らしい」と思えばいい。それだけで、悩みは一瞬にして吹き飛ぶ。



これは日常生活にも応用できる。わたしはライターなのだけど、なりたての頃、書いた原稿を上司にけなされ続けた。だけど1年間けなされ続けた結果、効果の出る原稿を書けるようになった。

怒られている最中はムカつくし、悔しいし、決して幸せな状態ではなかったけれど、その状態を体験しなければ、書くことを「天職だ」と思える自分に出会うことはなかっただろう。



人生ってそんなものじゃないだろうか。どんな出来事も、必ず将来の幸せへとつながっている。例外なくどんな出来事もそうだと思う。だからわたしは、この世に不幸なことはないと断言できる。



不幸なことがないと気がつくと、悩みがなくなった。将来への不安がほぼなくなったのだ。だってどんな出来事が起こったって、それは幸せの種なんだから、何も心配ないじゃないか?


もし今日足を骨折してしまったとしても、それがきっかけで素敵なお医者さんと出会って結婚できるかもしれない。未来は誰にもわからないのだから、ありえないことではないじゃん?



これはことわざでいうところの「万事塞翁が馬」だ。



今どんな不幸(だと思っているだけだけど)な出来事に見舞われていたとしても、不幸な境遇で生まれてきたとしても、それは1000%幸せの種だということに気づいてほしい。そう思えなくてもそうなのだ。


未来は明るいし、人生はなんとかなる。だから安心して毎日を楽しみたいと思う。
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