2015年03月

続・宇宙兄弟の話。

 

あるアメリカの片田舎に、宇宙に憧れを持つ3人の少年がいた。

彼らには夢があった。ビンズは宇宙飛行士になって宇宙へ行くこと。ピコはビンズが宇宙へいくためのロケットをつくること。リックが管制塔からビンズに指示を送ること。それぞれがそれぞれの役割で宇宙を目指していた。

 

3人は小さなロケットをつくり、打ち上げる実験を楽しんでいた。来る日も来る日も宇宙のことを語り、夢を語り合った。

よくアメリカ人がやるようなぶしをぶつけ合う誓いのサインを毎日欠かさなかった。誓いのサインは、3人の目指す先がいつも宇宙を向いていることを意味した。

 

中学3年の彼らは、将来を考える時期に来ていた。

彼らの住む町には近くに鉱山があり、町のほとんどの男は高山で肉体労働をしていた。ビンズとピコの父親もそうだった。父親は息子に鉱山で働くことを望んだ。

学校の先生も、「宇宙なんて夢を見ていないで、志望先を工業専門学校へ変えろ」と言った。

 

ビンズとピコは悩んだ末に自らの進む先を変えた。心が望む「宇宙」を捨てて、将来安泰の「鉱山技師」になることを選択した。堅実な仕事をして、安定した給料をもらい、家族を養う。そんな生活も、"悪くない”ということにした。

 

そこへリックが乗り込できて、なんお冗談だ?と二人を問い詰めた。

 

「宇宙への夢は、最初から俺たちにはでかすぎた。自分のことは自分でわかっているつもりだ。テンションの上がる仕事じゃねえが、鉱山技師も、悪くない」とピコが言った。

 

それを聞いたリックは怒って出て行った。

 

 

その数日後に、リックは交通事故で死んだ。

 

 

後悔に後悔を重ね、ピコはビンズに言った言葉が印象的だった。

「僕はもう決めたんだ。迷っている暇なんてない。人生は短いんだ」

「テンションの上がらないことに、パワー使っている場合じゃねぇ!」

 

 

そうして彼らは、再び宇宙を目指した。

 

 



 

 

うちの父親がよくこう言う。

「何百年も人生を生きられるなら、やりたくないことをやってみるのもいいだろう。だけどたかだか80年くらいの人生なら、やりたいことやらずにどうする?誰が自分の人生に責任を持ってくれるっていうんだ?自分の人生の責任は自分で持つしかないだろうが」

 

そうだな、と思う。

 

わたしたちは、テンションの上がらないことに時間を使っている暇はない。

テンションのあがらない、けれど安定した人生の先にあるものはなんだろう?わたしは、「なんか違う」という違和感だと思う。

 

人生は短い。

テンションの上がらないことに、パワーを使っている場合じゃない。

 

 
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宇宙兄弟(アニメのほう)見ていて、今33話目くらいなんだけど、宇宙飛行士選抜試験の最終結果を待つケンジ(主人公ムッタと共に試験を受けているハンサム君)の回想シーンが、過去の自分に重なった。

 

 


 

俺の仕事場は、だだっ広い施設のほんの一角。仕事は好きでやっていることだ。当然、楽しくて誇りも持っている。定時で帰宅できるし、恵まれた環境とも言える。だけど、俺は……

他の研究員達はみんなあきらめてるか、まったく気にしていない様子だ。社員食堂のメニューのワンパターンさや、今日の曇り空に同化しそうなグレーのこの地味な制服のこととか。
やっぱり、ちょっと違うんだよな。やっぱり、なんかちょっと違うんだよ。子どもの頃に想像していた大人の自分は、もっと、こう、ぶっ飛んでた。意味もなく。このまま、ここを一生の仕事場と決めてしまっていいのか?なんのひっかかりもなく、堂々と言えるか?これが俺の一生の仕事です!って。



 

で、奥さんが宇宙飛行士選抜試験の募集をケンジに教えたことがきっかけで、ケンジはずっと憧れていた宇宙を目指すことになるわけだけど、目指すものをみつけたケンジにとっては今までと同じ日常も、違う景色に映る。

会社に間に合うための起床時間が早くなり、ただなんとなく過ぎていた通勤時間が勉強の時間になる。最寄駅から会社へ向かうバスからなにもないだだっぴろな景色の向こうに、宇宙を描くようになる。

同じ景色を見ているはずなのに、なぜかキラキラして見える。毎日が輝き出す。

 

目標や夢を持つ意味って、このキラキラな毎日を味わうためだけにあるといっても過言じゃない。夢や目標を持つと、毎日心が躍る。結果が良くなくても、そんな毎日が送れたっていうだけでもいいくらい。
後から振り返って思い返すのも、達成したことよりも、目標にむかって走ってる自分だったりする。

 

だから、目指すことが辛かったり、そのことを考えるだけで憂鬱になるような目標は、目標にしてはいけない。 「目標を持とう、夢を持とう」というのは、「そうしなければいけないから」じゃなくて、「持った方が圧倒的に毎日が楽しいから」。
だから「夢はもつべき」という考えから生まれた夢なら持たなくていい。

 

別にケンジみたいに、「一生の仕事」みたいな大きな夢じゃなくていい。「海外旅行へ行こう」とか、そういうレベルでもいい。なにかひとつ目標を決めて、それに向かってわくわくするのって、すごくいいことだと思う。

 

 

わたしの目標は「好きな時に好きな場所へ好きなだけ行き、そこで感じた事や見たこと聞いたことを発信することで生きていくこと」。その目標のおかげで、書くことが楽しい。書くことが楽しいから、生きることが楽しい。
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もうすぐ3月が終わる。

会社を辞める日が近づいている。

 

今の求人広告会社に入社したのは2013年の7月。兄を殺した犯人の裁判が終わった翌週だった。

そのころのわたしは人生に挫折し、人間関係も最悪だった。経済的にも精神的にも追い詰められていた。裁判も重なって、今までの人生で一番のどん底だった。

生きて行くためのお金を稼ぐため、とりあえず3ヶ月の期限付きで今の会社で働き始めた。

 

与えられた仕事をこなし、家に帰る日々。

家では何もする気になれず、ただベッドで天井を見上げていた。今思うとあの頃のわたしは屍みたいで、働くことでなんとか自分を保っていたような気がする。

 

職場では好き勝手やらせてもらった。好かれようと嫌われようとどうせ3ヶ月の付き合いだ。どう思われてもいいと自由気ままに過ごした。

 

 

3ヶ月が6ヶ月に伸び、6ヶ月が9ヶ月に伸びた。このまま続けてもいいかなと思ったのは、ここなら将来一人でやっていくためのスキルが身につくと思ったからだ。求人広告に興味はなかったけれど、書くことは好きだったし、働くうちに将来書くことで生きていきたいと思うようになった。

 

この会社で得たものがあるとすれば、それはライティングスキルではなく、書くことで生きていこうという決断だったかもしれない。

 

 

しばらく働くうちに、組織で生きていきたくないという思いと、ここにいたらお金をもらいながらスキルが磨けることのふたつを天秤にかけるようになった。

嫌なことが8割あるが、2割は強烈に欲しいもの。その2割を得るために、8割の嫌なことを我慢する日々は、わたしにとって耐え難いものになっていった。

 



 

「世界」という単語が、いつわたしの頭に浮かんだかはわからない。けれどいつの頃からか、世界はわたしの夢だった。世界を見たい、世界を知りたい。知ってどうしようということではない。ただ、知りたい。

 

世界へ出ようと思った。2割のために、8割を犠牲にするような生き方はもう終わりにしようと思った。お金の問題がネックだったけれど、なんとかなるさと思うことにして、わたしは3月で辞める決断をした。

 

先日も書いたのだけど、決断したとたんに、世界旅行に必要なものが集まりだした。(準備が整ったら始めるのではなく、「やる」と決めるから必要なものが集まる。

 

つい昨日も、大学時代バックパックを背負ってアジアを2ヶ月旅した経験を持つ職場の人が、「使わなくなった旅グッズあげますよ」と言ってくれて、また新たなアイテムを手に入れることができた。

どんどん夢が現実味を帯びてきた。

 

夢という言葉は、少し違うかもしれない。

「いつか行きたい」だった世界旅行が、いつしか「きっと行くんだろうな」に変わり、「行くことになっちゃった」になった。周りの人に「行くから」と散々言っていたら、本当にそうなってしまったのだ。お膳立てしてもらった、といったほうがいいかもしれない。もう世界へ旅立つことは、わたしの夢ではなく、決定事項だ。

 

 

 

わたしは今の職場が好きではない。けれど、今の職場がなければ、わたしは世界へ旅立つことはなかったかもしれない。こうして今文章を書くこともなかったかもしれない。そう思うと、感謝だ。

 
お前の心があるところに、お前の宝物が見つかる、ということを覚えておくがよい。そこにたどり着くまでに学んだすべてのことが意味をもつために、おまえは宝物を見つけなければならないのだ。−アルケミスト

 

 

人生は、宝物を見つける旅だ。そして宝物を見つけるまでのひとつひとつの過程が、宝物そのものなんだ。

そんな風に考えると、うまくいかないときも、心が落ちているときも、すべてが人生に必要な要素だと思える。もうすぐ旅にでるけれど、今この瞬間もわたしは旅をしているんだと思う。

 

 
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先日、わたしの家の近くの山に登った。
 
その山は家から車で5分ほどの場所にあり、小学校の頃は秘密基地をつくったり、中学生の頃は初日の出を見に行ったりした。車が運転できるようになってからは、夜景を見に行ったりもした。

 

かれこれ8年ぶりくらいに山に登ってみて、気づいたことがいくつかあった。
 
わたしはいつのまにか、過剰な不安を持つようになってしまったみたいだった。景色が見える開けた場所までの細い道を車で走るとき、むかし何度も通ったことのある道なのにもかかわらず、「ここって本当に車で入って大丈夫だったっけ?」と心配し、到着しても「ここに停めて怒られないかな?」とビクビクしていた。
 
散歩するおばあさんの顔がこちらを見ているだけで、「やっぱり停めちゃダメなのかも!」と焦り、引き返そうかとさんざん悩んだ。
 
意を決して車を停めて、山頂へ向けて歩き出してからも、「車にいたずらされないかな?」とか、「駐禁とられたらどうしよう」など、いらない心配ばかりしていた。

 

むかしなら、「怒られたら怒られたときだ」「そうなってから、考えればいい」と思えていたはずなのに、いつのまにか起こってもいないことを心配するようになっていた。
 
それはいつからだろう?と考えてみると、社会人になってからだった。わたしは社会に出て、いらないものをたくさん身につけてしまったらしい。
 
学生の頃は、先生に怒られるのに思いっきり反抗することができた。なぜなら先生の存在は、高学歴を望まないわたしにとって脅威ではなかったからだ。
両親にも反抗することができた。なぜなら彼らとの関係性が変わらないという絶対的な自信があるからだ。
けれど始めて上司というものを持ち、逆らえない立場になり、怒られることを異常に嫌うようになってしまった。怒られても反抗できた頃、つまり学生の頃は、誰かに怒られることはたいしたことではなかった。けれど今のわたしにとって、怒られるということはかなりのストレスになっていた。

 

会社で働いていると、怒られないように行動するようになる。というか、そういう自分になってしまっていた。これはもうほとんど無意識で、きっと山に登らなければ、自分のその変化に気づけなかったと思う。
 
「怒られないための行動」「怒られないための頑張り」は、それなりに役立ってくれたけれど、もう、いらない。余分なものは、削ぎ落とそう。

 

頂上を目指す過程で、いろんなことに気がついた。きっと、「目指す過程」が大事なのだと思う。何事も。
登った先の景色よりも、そこにたどり着くまでに感じたことが大事。
大事なことに気付けるのは、すべて過程。頂上で景色をみつめて、下ってくる道では、いろんなことが吹っ切れて、楽しくなった自分がいる。


 


帰り道は、裸足で降りてみた。なぜそんなことをしたかというと、特に理由はない。ただ、そうしてみたかった。
痛かったけれど、生きている感じがしてよかった。
意味のないことをしている自分が、なんだか楽しくなってきた。もっともっともっと、人生に意味のないことをしようと思った。意味のないけれど、おもろいこと。そんなことして何になるの?と聞かれるようなこと。おもしろいんだもの、としか言えないようなこと。

 

なんだかよくわからないけれど、とにかくそう思った。

 
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昨日の出来事。

たまたま他部署の部長さんとランチが一緒になり、世界中を旅するために3月いっぱいで会社を辞める旨を伝えた。



すると、やりたいことをやるのに、会社を辞める必要があるのか?と言われた。世界一周へ行きたいなら、長期休暇を取ればいいじゃないか、と。

自分は20代の頃は2年と仕事が続かなかった。海外放浪もした。あてもなく海外をふらついても、なにも得ることができなかった。今の会社に入って仕事を続けるうちに、ひとつのことを続けなければ、成長することはできないんだと知った。


やりたいことがあるからといって会社を辞めたり職を転々としていては、成長することができない、という意見だった。

会社を辞めずにいれば、職を失って収入がなくなるリスクを背負わなくていいし、旅行から帰ってきてからのことも心配しなくていい、とも言っていた。




以前のわたしなら、そうかもしれないな、と納得していたかもしれない。やっぱり自分の決断は甘かったんじゃないかと、不安になっていたかもしれない。うだうだ悩み始めたかもしれない。

けれど今は、「そういう意見もあるな」くらいに思えるようになった。他人の意見に振り回されなくなった。


理由はいくつかある。



ひとつは、「ひとつの物事を続けること」だけが成長できる唯一のことのはずがないと知っていること。


人は自分が信じたいことを信じていて、部長は部長が信じたいように世界を見ている。

彼にとっては「ひとつの物事を続けること」が正しいこと。けれどそれは絶対的な真理ではくて、彼の意見は物事の側面しか捉えていない。

人が成長できるポイントが、「ひとつの物事を続けること」だけだなんて、とても視野が狭い考え方だと思う。




もうひとつは、彼が「わたしのなりたい未来像」ではないということ。これが全てかもしれない。

まず、会社員という時点で絶対になりたい未来像ではない。たっぷり年収をもらっていても、社会的地位があっても、どれだけ実績を積んでいても、会社員というだけでもう目指す対象外。なりたい未来を歩いていない人の意見は取り入れても仕方がない。


部長はこんなことも言っていた。

「たまに行く旅行くらいなら、仕事のことなんて考えたくもないけど、世界一周となると、この先どんなビジネスをしようか考えながら行った方がいいんじゃないか?」



まず、「仕事のことなんて考えたくもない」んかい!と突っ込みたくなった。ということは彼にとって仕事は「やりたくないこと」だということ。毎日毎日やりたくもないことをやっている人に説教されているのかと思うとちょっとおもしろかった。

部長にとっての仕事とは「疲れる、大変」なものであって、旅行ではそんな日々の疲れから解放されたいと思っている。きっとほとんどのサラリーマンがそうなのかもしれない。



やっぱりわたしは、毎日「疲れる、大変な」会社員生活を送ろうとは思わない。部長の説教を聞きながら会社を辞める選択を、より確かなものにした。 
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