2012年9月16日、兄が傷害致死で殺された。享年31歳だった。


当時20歳と21歳の犯人の男ふたりは、今刑務所にいる。



あの出来事から今に至るまでのわたしの心境や、わたしたち家族に起こったことを書いていこうと思う。






2013/6




兄が死んでから10ヶ月が経って、裁判が始まった。




兄が殺されたと知ったとき、とっさに思ったのは「犯人の顔を見たくない」だった。もし顔を見てしまったら、一生恨むことになるかもしれないし、殺してしまいたいと思うかもしれない。

一生誰かを恨んで生きていくことになるのがいやだったし、犯人に対してどんな感情を持つか予想のつかない自分が怖かった。



けれど時が経つにつれて、犯人の顔を見たいと思うようになった。よく覚えていないけれど、「見ておかなければならない」という使命感みたいなものを感じたような気がするし、裁判を聞けば兄が死んだ時の状況を知りれると思った。なぜ兄は死ななければならなかったのか。なぜ兄は殺されなければならなかったのか。そこにまっとうな(少なくとも納得できるような)理由があるのかどうかが知りたかった。


だけど一番の理由は、父をひとりで裁判所に行かせたくなかったからだ。


裁判には、父と兄の奥さんが行くことになっていた。裁判所は名古屋市内にあり、奥さんは名古屋市内に住んでいて、父は岐阜県に住んでいる。父と奥さんは裁判所で合流することになっていた。

家から裁判所までは車で1時間ほど。裁判は全部で10回ほどあり、その10往復を父ひとりで行き来させたくなかった。ぼおっと運転して事故にでもあったらと思うと心配だったし、息子の死の状況を聞かされたあと、うなだれながら車を運転する父の姿は想像するに耐え難かった。


兄が死んだ2日後だったと思う。兄が死んだ現場に父と母と車で行くことになった。なぜだかは忘れたが、車2台に分乗して前を走る父に、母とわたしがついていくという形になった。

父はあまりにもぼおっとしていて運転がおぼろげなかった。ぼおっとしすぎて高速にのるときに反対側の料金所に入ってしまい、1区間で降りてまた乗り直したりもした。

そういったこともあって、父をひとりにしたくなかったのだ。隣にわたしがいれば、気休めくらいにはなるだろう。



そんなこんなで、わたしは裁判を傍聴することに決めた。







父と奥さんは法廷内の検察側の席に座り、わたしは傍聴席に座った。検察側の最前列、つまり右手の一番前の席が関係者席らしく、一般傍聴者が座れないように白の紙が席にかけられていた。わたしはその紙を隣の空いた席にどかして、関係者席に「わたしは関係者ですよ」という顔をしながら座った。


ふと横を見ると、楽器ケースのようなものを持った見たこともないおっさんが傍聴席の最前列のど真ん中に座っていた。兄の事件とどんな関係があるのかと考えたけれど、思い当たらない。どうやら暇つぶしに裁判を見に来ているらしい。そういう人はよくいるらしい。父は「暇なやつもいるもんだなあ」と言っていた。

結局、そのおっさんは毎回最初から最後まで裁判を傍聴していた。まったく見ず知らずのおっさんに兄の死んだ裁判を傍聴されることに複雑な気分になったが、まあ害はないし、最後の方は気にならなくなった。



兄の裁判は、裁判員裁判だったので、裁判官3人の他に、6人の裁判員、予備らしき2人の裁判員が法廷の高いところに座っていた。

裁判員は若くて40代くらいのおじさんから、上は70代くらいのおばあちゃんまでさまざまだったが、平均年齢は高めだった。渡された資料を読みにくそうに目を細めながら読んでいるおじいちゃんもいて、大丈夫かしらと不安になった。ちゃんと資料の内容を理解して、間違っても変な判定はしてくれるなよと、裁判員をはげます気持ちで見ていた。



裁判長は50代くらいの小柄なおじさんで、声がやたらと感高かった。その裁判長が「被告人を連れてきてください」のような発言をしたとき、わたしの中に軽い緊張感が走った。いよいよ犯人の顔が見れる。



左手の扉が開いて、まず警察官と思われる制服を着た男性が入ってきた。その警察官に続いて、小柄な坊主頭の男が入ってきた。それに続いて、最初の男よりも若干背が高めで、体の線が細くて顔がやたらと白い男が入ってきた。それらが犯人だった。


今でも二人の顔ははっきりと、街で会っても気づけるほどに濃く覚えている。事件当時21歳だった安田被告は背は多分165センチほどで、元土木作業員らしい少し浅黒い肌で多少がっしりとした体つき。顔はどちらかというと幼い感じだ。やや気だるい雰囲気を発していた。

当時20歳だった大谷被告は身長167センチほどで、細身で色白。髪は少しツンツンしていた。眼鏡をかけていていかにも神経質そうな顔つき。学校ではどのクラスにもひとりはいそうな風貌だった。安田被告はさておき、この大谷被告は暴走族には見えなかった。たぶんケンカも強くないし頭も良くないけれど、バックがいるから虚勢を張れるタイプ。きっとひとりでいるときに自分より強そうな相手に向かっていくことはないだろう。




犯人を初めて見たたわたしは、軽く心臓の鼓動が早まっていた。緊張しているわけではないけれど、アドレナリンがごくわずかに出ている感覚だった。激しい憎悪がわくわけでもなく、だけど完全に冷静になるわけでもなく犯人を見ていた。


「対面だ」と思って身構えていたけれど、終始犯人たちと目が合うことはなかった。犯人たちは傍聴席を見るそぶりを見せなかったし、法廷内にいる父と兄の奥さんすらも見ている様子はなく、ただじっと目線を下げていた。




短いようで長い10回の裁判が始まった。




続く。